大企業の新規事業は、
B'zに詞を書く仕事である。

先日、こういうことを書いた。この例えが自分の中でしっくり来たので、世界を広げて整理してみる。大企業の新規事業がなぜ難しいのかを、能力の話ではなく置かれた文脈の話として説明したい。以下は、たとえを一つずつ見出しにして、それぞれに短い説明を付けたものである。

大企業が新規事業で成功するのは、B'zがウルトラソウルを超える楽曲を出すぐらい難しい。そもそもウルトラソウルを超えるのが難しい上に、B'zらしい曲で超えないといけないのが難しい。

まず、この世界の登場人物と関係

たとえに入る前に、用語を決めておく。あなたは新規事業家であり、この世界ではB'zに詞を書いて届ける外部の作詞家である。曲を書くのは松本で、歌うのは稲葉である。

MUSIC — 音楽の世界 COMPANY — 会社の世界 あなた 松本 稲葉 ファン 作詞する 作曲する 歌う 聴く == == 新規事業家 自社の技術 ブランド 既存顧客 企画・プロダクト 生産・販売網 営業・顧客接点 既存の期待値 越えるべき高さ ウルトラソウル = 会社を支えている既存の主力事業
青枠があなたの持ち場である。あなたが書けるのは詞だけで、曲も声もファンも自分のものではない。詞がどれだけ良くても、松本が曲を付けず、稲葉が歌わなければ、それはテキストファイルのまま終わる。新規事業の企画書が、社内で誰も動かないまま止まるのと同じ構造である。そして四人を通り抜けた先に、ウルトラソウルという高さが立っている。

この図を言葉にすると、次のようになる。

音楽の世界会社の世界あなたが動かせるか
あなたの詞新規事業の企画・プロダクト動かせる
松本のギターと曲自社の技術・生産・販売網借りるしかない
稲葉の声ブランド、営業、顧客との関係借りるしかない
既存のファン既存顧客と既存の期待値裏切ると壊れる
ウルトラソウル会社を支えている既存の主力事業触れない
レコード会社の会議経営会議・予算会議通すしかない
NOTE

個人の能力の話をしているのではない。大企業の新規事業担当者は、往々にしてベンチャーの創業者より優秀である。それでも難しいのは、扱っている問題の構造が違うからである。

「そもそもウルトラソウルを超えるのが難しい」

METAPHORウルトラソウルは、そのバンドの歴史の中でいちばんうまくいった一曲である。会社でいえば、いま売上と利益の大半を出している既存の主力事業がそれにあたる。

新規事業は、必ずこの一曲と比較される。売上、利益率、社内での存在感。どれも、何十年かけて磨かれた既存事業のほうが上に決まっている。

結果として、普通に良い企画を出しても「で、既存事業は超えるのか」と聞かれる。良い曲かどうかではなく、最高記録を更新するかどうかで判定される。

ただし、この問い自体が正しいとは限らない。ベストアルバムに入る曲が、全部ウルトラソウルである必要はない。超えることを最初の目標に置くと、超えられそうに見える企画しか通らなくなり、結局は既存事業の隣にある無難なものだけが残る。

「しかも、B'zらしい曲で超えないといけない」

METAPHOR一枚目のハードルの上に、二枚目がある。ジャンルを変えて超えることは許されない。B'zとして成立する曲で、最高記録を更新しろと言われている。

いま世の中でいちばん売れている音楽が別のジャンルだったとしても、そちらへ全面的に行くことはできない。B'zがそれをやると、ファンが離れ、松本が弾く理由がなくなり、稲葉が歌う意味もなくなる。

これが大企業の文脈である。探索範囲が最初から狭い状態で、最高記録の更新を求められている。この二枚目こそが、新規事業を難しくしている本体だと思う。

ベンチャーには、この二枚目がない。無名であることは、何をやってもいいということである。ジャンルを変えてもいいし、バンド名を変えてもいい。去年やっていたことと今年やっていることが完全に別でも、誰も文句を言わない。

「ベンチャーはインディーズから這い上がるぐらい難しい」

METAPHORベンチャーはインディーズである。ライブハウスに10人しか来ない。CDを手売りする。誰も名前を知らない。

だから、ベンチャーが楽なわけではまったくない。ほとんどのバンドは、良い曲を書けないから消えるのではなく、良い曲を書いても誰にも届かないまま資金が尽きて消える。

つまり、二つの難しさは種類が違う。

  1. インディーズの難しさは「0を1にする」難しさ

    聴いてもらえない。信用がない。資金もない。ただし、何をやってもいい。失うものがないので、全部を賭けられる。

  2. B'zの難しさは「100を101にする」難しさ

    聴いてはもらえる。資金もある。ただし、期待値が固定されている。失うものが大きいので、賭けられない。

大企業の新規事業が難しいのは、この二つのうち楽なほうだけを引き受けているように見えて、実際には両方の悪いところを引き受けている場合があるからである。予算はあるが自由がない、という状態が典型になる。

「B'zの新曲は、大ヒットまではしなくてもそもそも絶対に売れる」

METAPHOR発売されれば店頭に並び、既存のファンが買う。最低保証がある。良いことのように見えて、実のところ、いちばん扱いづらい性質である。

大企業の新規事業にも最低保証がある。既存顧客に案内すれば何件かは試してくれる。営業が既存の商談のついでに置いてくれる。プレスリリースを出せば記事になる。初年度に売上が立つ。

問題は、その数字が事業の良さを測っていないことである。会社の名前が持つ信用を前借りしただけの数字であり、同じ商品をインディーズが出したら1件も売れなかったかもしれない。

そして、この最低保証があるせいで、判定が甘くなり、遅れる。

  1. 失敗が失敗に見えない

    売上ゼロなら誰でも止められる。中途半端に立つ数字がいちばん止めにくい。「あと一年やれば伸びるかもしれない」が何年も続く。

  2. 顧客の声が歪む

    付き合いで試してくれた顧客は、本当のことを言わない。「良いですね」は、製品への評価ではなく関係への配慮であることが多い。

  3. 撤退の判断が政治になる

    役員が推した事業は、数字ではなく面子で生き延びる。インディーズでは資金が尽きた時点で判断が決まるが、大企業ではそれを人間が決めなければならない。

だから最初にやるべきことは、最初の売上を「名前で売れた分」と「中身で売れた分」に分けることである。分け方は粗くていい。既存顧客経由と完全新規で分ける。既存営業が同席した商談とそうでない商談で分ける。会社名を出さずに検証できる経路を一本だけ用意する。

最初の数万枚は、あなたの詞ではなく、B'zという名前が売った枚数である。その先からが本番になる。

「大ヒットシングルを狙わず、B面の曲を狙うという手もある」

METAPHORカップリングでいい。ファンクラブ限定でいい。ライブでしかやらない曲でいい。みんなに愛されなくても、一部の人に深く愛される曲を作る。

事業でいえば、全社の柱にはならないが、特定のセグメントで確実に儲かる事業を作るということである。既存事業の10分の1の規模でいいから、利益率が高く、顧客の熱量が高いものを作る。

これは十分に価値のある仕事である。にもかかわらず社内で潰れやすいのは、評価の物差しがミリオンセラー基準のままだからである。

WHY B-SIDES DIE INSIDE BIG COMPANIES

桁が違う
例えば売上1000億円の会社にとって、10億円の事業は誤差に見える。実際には10億円をゼロから作るほうが難しいが、報告資料の上では小数点以下になる。
リソースが逆進的
優秀な人ほど大きい事業に配属される。小さい事業には小さい人員がつき、小さいまま終わる。
成功の定義が最初にない
「小さくても勝ち」と決めずに始めるので、途中で必ず「これ、いつ100億円になるの」と聞かれる。

したがって、B面を狙うなら最初にB面だと宣言することが重要になる。「これはシングルではありません。三年後に30億円、粗利率60%を目指します。100億円にはなりません」と最初に言い切る。これを言わずに始めると、途中からA面の物差しを当てられる。

逆に、A面を狙うと宣言したなら、B面規模で満足してはいけない。どちらを狙うかを決めないまま走るのが、いちばん悪い形である。

「一番ダサいのは、B'zがウルトラソウルの替え歌を歌ったとき」

METAPHORメロディはそのまま、歌詞だけ少し変えて、季節に合わせた別バージョンとして出す。この記事でいちばん避けたいのが、これである。

会社でこれをやっている例は、少なくない。

  1. 既存商品に別の名前を付け直しただけの「新規事業」

    中身は同じ。ロゴと資料の色が変わっただけ。社内では新規事業として計上され、顧客からは値上げに見える。

  2. 既存商品に流行りの単語を足しただけのもの

    末尾に「AI」や「DX」を付ける。機能は変わっていない。一度は話を聞いてもらえるが、二度目はない。

  3. 成功した自社事業の、隣の業界への機械的な横展開

    横展開そのものが悪いのではない。顧客が違うのに、勝ちパターンだけを持ち込むと替え歌になる。

替え歌の何が悪いのか。既存の資産にタダ乗りしていて、何も足していないことである。しかも本家の価値まで薄める。ウルトラソウルの替え歌を三曲出したら、本物のウルトラソウルの重みまで下がる。

「まだそれなら、カバー曲のほうがいい」

METAPHORカバーは、他人の曲を自分たちの演奏で届けることである。オリジナルではない。だが、価値は本当に届く。

事業でいえば、他社が確立したモデルを、ライセンスやM&Aや提携を通じて、自社の顧客に届けることである。

DIFF

カバーは「これは自分たちが作った曲ではない」と認めた上で、演奏と声で価値を出す。替え歌は、自分の曲のふりをしながら、実際には何も作っていない。この差は誠実さの差であり、そのまま顧客に伝わる。

大企業の新規事業で自前主義が問題になるのは、たいていここである。オリジナルにこだわった結果、実質的な替え歌を出してしまう。オリジナルを名乗るのをやめてカバーに徹したほうが、顧客にとっては良いことのほうが多い。

「そもそも、作詞は稲葉、作曲は松本がやっている」

METAPHOR現実のB'zは、歌う人間が自分で詞を書き、弾く人間が自分で曲を書く。つまり本来、この会社は外部の作詞家を必要としていない。

この世界線であなたがやろうとしているのは、その完結した体制の中に、外から詞を持ち込むことである。難しくないほうがおかしい。

これは、新規事業室や出島組織が置かれている状況と重なる。企画は新規事業室が書き、売るのは営業本部で、作るのは開発本部である。分かれている限り、詞は他人事になる。

だから、外から書く人間が取れる手は、実際には二つしかない。

  1. バンドに入る

    詞だけ渡して帰るのをやめる。顧客訪問に同席し、実装の議論に入り、数字の責任を持つ。作詞家ではなくメンバーになる。時間はかかるが、これがいちばん効く。

  2. 歌う人に書いてもらう

    自分が主役になることをやめる。事業部長が自分の言葉で語れるところまで一緒に作り直し、彼らの曲にしてしまう。手柄は渡すが、曲は世に出る。

どちらも、企画書の質を上げる話ではない。誰の曲にするかを決める話である。

「稲葉が歌いたくない曲は、世に出ない」

METAPHORどれだけ良い詞でも、歌う本人が歌いたくなければ、その曲はレコーディングまで到達しない。

会社でいえば、経営会議は評論家ではなく歌う本人である。彼らはその事業を自分の口で顧客に説明し、自分の名前で責任を取ることになる。だから見ているのは「この曲は売れるか」だけではない。「この曲を自分が歌って、恥ずかしくないか」を見ている。

企画書が市場規模と競合比較だけで構成されているとき、それは売上の説明にはなっていても、歌う理由の説明にはなっていない。必要なのは、こういう説明である。

  1. なぜ、この会社が歌うと意味が変わるのか

    同じ事業を他社がやった場合と何が違うのか。自社の信用や資産がどこで効くのかを、具体的に一つ挙げる。

  2. 既存のファンに、どう説明がつくのか

    既存顧客がこれを見て「なるほど、あの会社らしい」と思うのか、「なぜこれを」と思うのか。後者なら、その橋を先に用意する。

  3. 失敗したとき、何が残るのか

    歌う側がいちばん気にするのはここである。撤退しても顧客との関係や技術が残るなら歌える。何も残らないなら歌えない。

作詞家のチェックリスト

たとえを畳んで、実務に使える形にしておく。新規事業の企画を持ったとき、この六つに答えられるかを見る。

  1. これは新曲か、替え歌か

    既存商品に新しい名前を付けただけになっていないか。名前と資料の色を元に戻しても、まだ新しいと言えるか。

  2. A面を狙うのか、B面を狙うのか

    先に宣言する。B面なら、成功の定義を最初に数字で固定して、後からA面の物差しを当てられないようにしておく。

  3. 最初の売上のうち、名前で売れた分はいくらか

    会社名を出さずに検証できる経路を、粗くていいので一本作る。ここが分けられていない事業は、何年でも延命してしまう。

  4. 松本のギターは何か

    自社の何を使うのかを一つに絞って言えるか。顧客リストか、規制対応力か、設備か、データか。「総合力」は答えになっていない。

  5. 稲葉が歌う理由はあるか

    売れる理由ではなく、その人が自分の名前で語れる理由。失敗しても何が残るかまで用意されているか。

  6. インディーズがやったほうが速くないか

    速いなら、自前でやるのをやめる。カバーする、組む、買う。オリジナルを名乗ることに価値はない。

大企業の新規事業が難しいのは、そこにいる人が劣っているからではない。すでに大ヒット曲を持っているという文脈そのものが、次の曲を難しくしているからである。文脈は消せない。消せない以上、それを制約として恨むか、他の誰も持っていない武器として使うかしかない。

ウルトラソウルを超えようとしなくていい。ベストアルバムに入る曲が、全部ウルトラソウルである必要はない。

その上で、避けるべきものはひとつしかない。替え歌である。